資産運用
「資産運用を始めた方がいいのは分かっている。でも、何から手をつければいいのか分からない」――ここ数年、こうした声を耳にする機会が増えました。物価上昇のニュースと、日銀の金融政策をめぐるニュースが交互に流れ、銀行に預けているだけのお金の実質的な価値が目減りしていく感覚を持つ方が増えているためです。
一方で、書店に行けば投資本が並び、SNSでは「今すぐ始めるべき」という声と「やめておいた方がいい」という声が同時に流れてきます。NISA、iDeCo、株式、投資信託、不動産投資――選択肢の名前は増える一方で、どれが自分に合っているのかを判断する材料は、意外と整理されていません。今回は、資産運用がなぜ「なんとなく怖い」ものに感じられるのかを整理したうえで、主な選択肢をフラットに並べ、そこから「自分に向いている方向性を知る」という考え方についてお伝えします。
資産運用への不安の正体は、多くの場合「損をするのが怖い」という単純な話だけではありません。むしろ「情報が多すぎて、何を信じればいいか分からない」という情報過多の状態そのものが、不安の大きな部分を占めています。
証券会社、銀行、不動産会社、YouTuber、SNSの個人アカウント――それぞれが異なる立場から、異なる商品を勧めてきます。ある人にとっての正解が、別の人にとっては不向きな選択肢だったということも珍しくありません。それにもかかわらず、多くの情報発信は「これが正解です」という断定的な言い方をするため、受け取る側は「自分の状況ではどうなのか」を置き去りにしたまま、情報だけを浴びることになります。
もう一つの壁が、専門用語です。「非課税枠」「利回り」「レバレッジ」「団体信用生命保険」といった言葉は、慣れている人には当たり前でも、初めて触れる人にとっては、そこで理解が止まってしまう原因になります。分からない言葉が一つ出てくるたびに「自分には難しいのかもしれない」と感じ、結果として何も調べないまま先送りにしてしまう。これは、私たちが日々の相談の中でもよく見かける流れです。
大切なのは、「怖いから避ける」のではなく、「何が分からないから怖いのか」を分解してみることです。情報が多すぎるなら整理すればいいし、専門用語が壁になっているなら、一つずつ意味を確認していけばいい。漠然とした不安は、具体的な選択肢に置き換えた瞬間に、扱いやすいものに変わっていきます。
また、こうした不安の感じ方は、年代や置かれた立場によっても変わってきます。社会人になったばかりで先取り貯金の延長として何かを始めたい方もいれば、子育てがひと段落して手元資金の使い道を考え始める方、退職金というまとまったお金を前に立ち止まる方もいます。「今さら人に聞くのも」という気後れから相談を先延ばしにする方も少なくありません。年代や経験値によって「怖さ」の中身は違っても、根っこにあるのは同じ「情報が整理できていない」という状態であることが多いのです。
不安を分解したところで、次に整理しておきたいのが「そもそもどんな選択肢があるのか」という全体像です。優劣をつける前に、まずはフラットに並べてみます。
もっとも身近なのは「現金・預金」です。流動性が高く、いつでも使えることが最大の強みですが、物価上昇が続く局面では、額面は減らなくても実質的な価値が目減りしていく可能性があります。生活費数か月分の備えとして持っておくことには意味がありますが、それだけで資産のすべてを構成すると、増やす手段を持たないという側面もあります。
次によく名前が挙がるのが、NISA・iDeCoといった税制優遇制度です。現行のNISA制度では、つみたて投資枠が年間120万円、成長投資枠が年間240万円、生涯を通じた非課税保有限度額が1,800万円という枠組みになっており、運用益が非課税になる点が特徴です。iDeCoは掛金が所得控除の対象になる一方、原則60歳まで引き出せないという制約があります。どちらも、少額から始められ、長期の積立と相性がよい制度ですが、税制は今後の改正で変わる可能性があるため、実際に始める際は最新の制度内容を確認することをおすすめします。
そして、私たちがよくご相談を受けるのが、区分マンションなどの不動産投資です。家賃収入という形で毎月のキャッシュフローが発生する点、団体信用生命保険が付くことで生命保険的な役割も持てる点は、現金やNISA・iDeCoにはない特徴です。一方で、空室や修繕費といったリスクがあること、金利が上昇すれば返済負担が増える可能性があること、株式や投資信託に比べて売却に時間がかかり、すぐには現金化しにくいことも、あわせて理解しておく必要があります。どの選択肢にも、向いている状況と、そうでない状況の両方があります。
ここまで並べた選択肢を見て、「結局どれが正解なのか」を知りたくなった方も多いと思います。ですが、資産運用において「万人にとっての正解」は存在しません。年齢、家族構成、収入の安定性、すでに保有している資産、そして何より「どれくらいのリスクなら受け止められるか」という感覚は、一人ひとり異なるためです。
同じ「不動産投資」という選択肢一つを取っても、長期で保有できる時間軸がある会社員の方に向いている場合もあれば、数年以内にまとまった資金が必要になる可能性がある方には不向きな場合もあります。NISAにしても、毎月の積立を無理なく続けられる余力があるかどうかで、続けやすさは大きく変わります。つまり、選択肢そのものに優劣があるのではなく、「今の自分にとって、どの方向性が合っているか」を知ることが、最初の一歩になります。
とはいえ、自分の状況を一人で客観的に整理するのは、思っている以上に難しいものです。何から始めればいいか分からないまま情報収集だけを続けていると、時間ばかりが過ぎてしまうこともあります。だからこそ、いきなり商品を選んだり、契約を決めたりする前に、「自分がどのタイプに近いのか」を軽く知っておくというステップが、意外と有効です。決めるための情報ではなく、考えるための足がかりとして使う、という感覚です。
この考え方に、年代や性別による向き不向きはありません。20代の方にとっての「知る」と、退職を意識し始めた50代の方にとっての「知る」は中身こそ違いますが、どちらも「自分の状況を整理する」という点では同じ作業です。女性だから、初めてだから、といった理由で情報収集自体を後回しにする必要もありません。むしろ、経験や知識の量に関係なく使える整理の仕方があるかどうかが、最初の一歩を踏み出せるかどうかを分けているように感じます。
資産運用は、始める前に完璧な答えを持っておく必要はありません。むしろ、情報が多く、専門用語も多い分野だからこそ、最初から一つに決め打ちせず、現金・NISA・iDeCo・不動産投資といった選択肢を並べたうえで、自分にはどの方向性が合っていそうかを、ゆるやかに棚卸ししてみることが、遠回りのようで一番の近道になります。
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