節税
iDeCo(individual-type Defined Contribution plan、個人型確定拠出年金)の受け取り方を考えるとき、「60歳でiDeCoの一時金を受け取り、65歳で会社の退職金を受け取る」という組み合わせは、これまで一つの定番のように語られてきました。退職金にもiDeCoの一時金にも、受け取り方を一時金にすれば「退職所得控除」という税負担を軽くする仕組みが使えます。この控除を60歳と65歳でそれぞれフルに使えるという考え方が広まっていた背景には、両者の受け取り時期を一定期間空ければ控除が重複しない、という従来のルールがありました。
ところが、2026年(令和8年)1月1日以降に受け取る退職一時金から、この控除の計算ルールが変わりました。これまで当たり前のように語られてきた「5年空ければ両方フルに使える」という考え方が、そのままでは通用しなくなっています。この記事では、何がどう変わったのか、そして今から受け取り方を考える人が何を意識しておくべきかを整理していきます。
退職金やiDeCoの一時金を受け取ると、その金額に対して所得税・住民税がかかります。ただし、他の所得と同じようにまるごと課税されるわけではなく、「退職所得控除」という金額を差し引いたうえで、さらにその半分だけが課税対象になるという優遇された計算方法が用意されています。退職所得控除の額は勤続年数(iDeCoの場合は掛金の拠出期間)に応じて決まり、長く勤めた・長く積み立てたほど控除額も大きくなる仕組みです。長年の勤労や老後資金の準備に報いる意味合いを持った制度だと考えると分かりやすいかもしれません。
問題は、退職金的な収入を一生に一度しか受け取らない人ばかりではない、という点です。近年はiDeCoで60歳前後に一時金を受け取り、その後も会社に勤め続けて65歳で退職金を受け取る、という人が珍しくなくなりました。このように時期をずらして複数回、退職所得控除の対象になる収入を受け取る場合、何も調整をしなければ、勤続期間が重なっている部分について控除を二重取りできてしまうことになります。これを防ぐために設けられているのが「重複排除期間」という仕組みです。簡単に言えば、「前に退職所得控除を使った収入から、一定の年数以内に次の退職所得控除を使う収入を受け取ると、勤続年数が重なっている分は控除の計算から差し引かれる」というルールです。この期間より前に受け取っていれば重複とはみなされず、双方の控除をそれぞれ独立して使えます。
この重複排除期間が、実際には何年に設定されているかが今回の改正の核心です。次の章で、具体的に何がどう変わったのかを見ていきます。
これまで重複排除期間は「前年以前4年以内」と定められていました。これはつまり、先に退職所得的な収入を受け取ってから5年目以降(前年以前4年より外側)に次の収入を受け取れば、重複排除の対象にならず、両方の退職所得控除をそれぞれフルに使えるという意味です。「5年ルール」という通称は、この考え方から来ています。60歳でiDeCoの一時金を受け取り、65歳で会社の退職金を受け取れば、ちょうど5年の間隔が空くため、多くの人がこの組み合わせを「両取りできる典型パターン」として想定していました。
2026年1月1日以降に受け取る退職一時金からは、この重複排除期間が「前年以前9年以内」に延長されます。先に受け取った収入から10年目以降でなければ、重複排除の対象から外れないということになるため、こちらは「10年ルール」と呼ばれます。数字にすると4年から9年への変更ですが、実務上のインパクトは「5年」から「10年」への延長という形で表れます。
この変更によって影響を受けるのが、まさに「60歳でiDeCoの一時金、65歳で会社の退職金」という組み合わせです。従来であれば5年間隔が空いていたためフルに両方の控除を使えていたところ、10年ルールのもとでは65歳時点はまだ「前年以前9年以内」に含まれてしまい、重複排除の対象になります。その結果、退職金を受け取る際の退職所得控除額が、iDeCoの一時金受け取り時にすでに使った勤続期間の分だけ差し引かれて計算されることになり、控除額が目減りする可能性が出てきます。控除額が減れば、その分課税対象となる退職所得が増え、納める税額も増える方向に働きます。どの程度の影響が出るかは、勤続年数・掛金拠出期間・受け取る金額によって一人ひとり異なるため、ここで一律の金額をお示しすることはできません。ごく単純化したイメージとしては、「控除が満額使えると思っていた期間の一部が使えなくなる」という方向の変化が起きる、と捉えていただくのが実態に近いかと思います。
なお、この改正はあくまで重複排除期間の長さが変わるものであり、退職所得控除の計算式そのもの(勤続年数に応じて控除額を積み上げていく仕組み)が廃止されたり、iDeCoの一時金受け取り自体に新たな税金がかかるようになったりするものではありません。制度の骨格は維持されたまま、「控除の二重取りとみなされる期間」が広がった、という理解が正確です。
今回の改正を踏まえると、「iDeCoは60歳で一時金、退職金は65歳で」という組み合わせを検討している方は、これまでのように無条件に両方の控除をフルに使えるとは限らない、という前提で考え直す必要があります。具体的にどう対応すべきかは、勤続年数や退職金の見込み額、iDeCoの資産残高、他に公的年金等の受け取り予定があるかどうかによって変わってくるため、一般論として言えるのはあくまで「選択肢の幅が変わった」ということまでです。
考えられる方向性としては、たとえば受け取り時期の間隔をこれまでよりも長く取る(10年以上空けることで重複排除の影響を避ける)という選択肢のほか、あえて一時金ではなく年金形式での受け取りに変更する、退職金とiDeCoの受け取りタイミングをそろえて一括で受け取る、といった選択肢も考えられます。ただし、年金形式には公的年金等控除の枠や社会保険料への影響など別の論点が絡みますし、一括受け取りにも退職所得控除の枠を使い切れるかという別の計算が必要になります。どの選択肢が有利かは、勤務先の退職金制度の内容やご自身のiDeCoの積立状況によって個別に変わるものであり、この記事で「こうすれば得」という一つの答えを示すことはできません。
会社によっては、退職金の受け取り時期(60歳での早期選択や65歳以降への繰り下げなど)自体に一定の融通が利く制度もあります。iDeCo側の受け取り時期は75歳まで繰り下げられる仕組みになっているため、退職金の受け取り時期が固まっているのであれば、iDeCoの受け取りをどう組み合わせるかという発想で考えることもできます。いずれにしても、今回の改正で変わったのは「期間」という一つの要素であり、その他の判断材料(退職金額、iDeCoの残高、勤続年数、他の収入の有無)は人によってまったく異なります。一般的な傾向を知ることと、ご自身にとっての最適な受け取り方を導き出すことは、別の作業だと考えていただくのがよいかと思います。
2026年からの重複排除期間の延長は、これまで「定番」とされてきた退職金とiDeCoの受け取り方の前提を変えるものです。60歳前後で受け取り時期が近づいている方はもちろん、まだ先の話だと感じている方も、勤続年数や積立期間によって影響の出方は変わってきます。ご自身の退職所得控除がどのように計算されるかは、勤務先の退職金規程やiDeCoの加入履歴によって個別に異なりますので、受け取り時期を具体的に決める前に、税理士など専門家に一度確認しておくことをお勧めします。早めに相談しておくことで、受け取り時期の選択肢そのものを広く持っておくことができます。
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