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借金のほうが多そうだから相続放棄をしよう。そう決めていたのに、できなくなっていました。この失敗は、たいてい親が亡くなった直後の数日で起きています。しかも本人には、まずい行動をしたという自覚がありません。
亡くなった方の口座からお金を引き出す。これが最も多い失敗です。
民法では、相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき、単純承認をしたものとみなすと定めています。単純承認とは、プラスの財産もマイナスの財産も、まるごと引き継ぐという意思表示です。いったんこの状態になると、あとから相続放棄はできません。
問題は、引き出したお金を何に使ったかを問わないことがある点です。葬儀費用に充てるつもりだった、という説明は通らない場合があります。過去の裁判例では、葬儀費用が緊急で必要だった事情から問題ないとされたものもありますが、それは個別の判断であって、誰にでも当てはまる線引きではありません。
金額の大小も関係ありません。少しだけのつもりで数万円を出したことが、あとで単純承認の根拠になり得ます。遺産分割前の預貯金の払戻し制度も、遺産分割を前提にした制度ですから、放棄を検討している段階では使わないほうが安全です。
相続放棄の可能性が少しでもあるなら、次の5系統は避けてください。いずれも故人の財産を自分のものとして扱ったと見られる行為です。
預金を引き出して債務の返済に充てる。自分の生活費に使う。凍結された口座を解約する。故人の財産から自分の借金を支払う。いずれも財産を受け取って使ったことになります。
土地や建物の相続登記、自動車やバイクの名義変更や売却や廃棄、株式の売却や換金や名義変更。所有者としてふるまう行為はすべて処分です。捨てる、売る、譲る。どれも同じ扱いになり得ます。
株式の議決権を行使する、配当金を受け取る、故人が被保険者の入院給付金や手術給付金を受け取る、敷金や保証金の返還を受け取る、債権の取立てをする、訴訟を起こす。財産的な価値のあるものを受け取れば、そこで線を越えます。
協議に加わること自体が、相続人としての立場を前提にした行為です。「自分は要らない」という意思を協議書に書いても、それは放棄ではありません。
遺品整理そのものは問題ありませんが、資産価値があると思われるものに手をつけると処分にあたります。ブランド品の時計やバッグを買い取ってもらう、といった行動が典型です。
一方で、故人の財産ではないため受け取ってよいものもあります。
・死亡保険金(受取人が配偶者や子など特定の個人に指定されている場合)
・遺族年金、未支給年金
・香典
・役所からの葬祭費や埋葬料
・資産価値の高くない身の回り品の形見分け
・仏具や墓石などの祭祀財産
・自分の財産から故人の借金や公共料金を支払うこと
死亡保険金は、受取人が指定されていれば受取人固有の財産です。相続財産ではないので、放棄をしても受け取れます。
ただし税金の扱いは別です。死亡保険金には500万円に法定相続人の数を掛けた非課税枠がありますが、放棄をした人が受け取った保険金には、この枠が使えません。放棄をしても法定相続人の数には頭数として入りますから、他の相続人の枠の計算では数えられる。自分は使えないのに人数には入る、という関係です。放棄をした人は債務控除や葬式費用の控除も使えませんので、保険金の額によっては相続税の申告が必要になります。
判断が分かれるものもあります。勤務先からの死亡退職金、受取人欄が本人になっている保険、未払いの給料、高額療養費の受け取り、携帯電話の解約、賃貸借契約の解除、そして準確定申告。これらはケースによって扱いが変わりますので、自己判断で動かないほうが賢明です。
準確定申告について補足します。申告書を出す行為そのものが処分にあたるという明確な根拠はありませんが、還付金が生じる場合、その還付金を受け取ることは相続財産の受領にあたります。放棄の判断が固まるまでは動かさないでください。なお放棄が受理されれば、その人に準確定申告の義務は生じません。
相続放棄の期限は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月です。この期間を熟慮期間といいます。
ここで正確に押さえておきたいのは、起算点が「亡くなったことを知った日」ではないという点です。死亡の事実と、自分が相続人になった事実の両方を知った時から数えます。子が全員放棄すると相続権は親へ、親がいなければ兄弟姉妹へ移りますが、その人たちの3か月は、先順位の人が放棄したことを知った時から始まります。
裏を返せば、自分が放棄した借金は消えるのではなく、次の順位の親族に回ります。知らせないまま3か月が過ぎれば、その人は放棄の機会を失います。放棄をしたら、次に相続人になる方へ必ず伝えてください。
3か月は短く感じますが、実際に間に合わない理由は3つあります。1つ目は、そもそも3か月のルールを知らないこと。2つ目は、法事や役所の手続きに追われて財産の調査まで手が回らないこと。そして3つ目が厄介です。借金の通知は、半年後や1年後に届くことがあります。
支払いが止まっても、貸した側はしばらく延滞として扱っています。督促の電話がかかってきても、貸金業者だとわからないよう名乗ります。家族に借金がばれないよう配慮するからです。半年ほど経ってようやく督促の書面が届き、そこで遺族が借金の存在を知る。この形が増えています。
この場合には救済があります。相続財産が全くないと信じていて、そう信じることに相当な理由があり、財産の調査を期待することが著しく困難だった事情があるなら、財産の存在を認識した時から3か月を数える、という最高裁の判断があります。ただし単純承認にあたる行為をしていないことが前提です。
間に合いそうにない場合は、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てられます。事情を示して申し立てれば伸長が認められることがありますが、認められるかどうかも、どれだけ延びるかも家庭裁判所の判断です。財産の調査には時間がかかります。戸籍集めだけでも1〜2か月、信用情報の開示請求にも1か月前後を見ておく必要があります。
ネット証券やネット銀行、暗号資産は、通帳もカードも郵便物もありません。存在に気づくきっかけがないため、放棄の判断そのものが難しくなります。
調べる手段はあります。証券口座であれば、証券保管振替機構に開示請求をすれば、どの証券会社に口座を持っていたかを一度に確認できます。生命保険も、生命保険協会の照会制度でまとめて確認できます。銀行預金は、都市銀行やゆうちょ銀行、生活圏の金融機関に個別に照会します。
ここでやってはいけないのが、口座の解約です。残高を照会するだけなら問題ありませんが、解約すれば残高という資産を受け取ることになり、単純承認とみなされます。少額の口座なら、相続人のうち1人が代表として簡単に手続きできてしまう金融機関もあります。手続きが簡単だからこそ、うっかり進めてしまいます。
暗号資産は、スマートフォンが開けなければ発見自体が困難です。取引所に個別に照会する方法はありますが、手がかりがなければ探しようがありません。
最後がいちばん見つけにくい地雷です。連帯保証人の地位は相続されます。
会社を経営していた父が、その会社の借入について自ら連帯保証人になっていた。父の死後、会社を継いだ長男が数年後に倒産させ、連帯保証債務の請求が兄弟姉妹に及ぶ。父から相続した現金は1人あたり200万円だったのに、負債は1億円。金額の桁が違います。
経営者本人でなくても、親族が保証人を頼まれているケースは珍しくありません。20年前の住宅ローンでは、今より簡単に親族が保証人にされていました。
そして保証の事実は、故人の契約書が出てこない限り調べようがありません。信用情報機関に開示請求をしても、保証人としての情報は原則として載りません。相続が起きてから探し出すのは、現実には難しいところです。親が生きているうちに、誰かの連帯保証人になっていないかを確認しておく。これしか有効な方法がないのが実情です。
期限を整理しておきます。相続放棄は3か月、準確定申告は4か月、相続税の申告と納付は10か月。この3つは別々に動きます。相続税の期限が近いからといって先に手続きを進めると、財産に触れる場面が出てきます。
プラスの財産のほうが多いか、借金のほうが多いか。判断がつかないときは、限定承認という方法もあります。相続で得た財産の範囲でのみ債務を負う仕組みで、相続人全員が共同して3か月以内に家庭裁判所へ申述します。
ただし税務上の落とし穴があります。限定承認をすると、亡くなった方から相続人へ、相続開始時の時価で譲渡があったものとみなされます。不動産や株式に含み益があれば、そこに所得税がかかり、4か月以内の準確定申告が必要になります。この4か月は延長できません。手続きが煩雑だというだけでなく、税負担が発生し得る点は知っておいてください。
何もしていない人には、まだ道が残っています。すでに動いてしまった人は、何をしたのかを整理して専門家に相談してください。
そして、放棄をするかどうかの前に確かめるべきことがあります。借金のほうが多いというのは、本当に事実でしょうか。財産をすべて洗い出したら、プラスのほうが大きかったという例も少なくありません。その場合は、放棄ではなく相続の準備の話に切り替わります。
個別の判断は、弁護士や司法書士など有資格者にご確認ください。
財産のほうが多いと分かったら、次はこちらから
財産の内訳と相続人の構成をお選びいただくと、相続の準備を何から始めるべきかの順番が出ます。個別の税額計算など税務のご相談については、提携する税理士がお受けします。
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