ライフ
近年、SNSを中心に「残業キャンセル界隈」という言葉が話題になっています。
「〇〇〇界隈」とは、共通の趣味や価値観を表現するネットスラングの一種で、「自然界隈」「オタク界隈」、そして最近では「風呂キャンセル界隈」などが有名です。
「様々な趣味・嗜好のなかから、特に自然やオタク文化が好きな人たち」、あるいは「本当はしっかりお風呂に入るべきだけど、面倒で入りたくない人たち」といった、全体から見れば少数・限定的なグループに対して使われるのが一般的です。
その点、「残業キャンセル界隈(残業せずに定時で帰る人たち)」という言葉には、著者はやや違和感を覚えます。そもそも定時で帰るのは当たり前のことだからです。敢えてスラングとして名付けるなら「残業歓迎界隈」「残業大好き界隈」ではないでしょうか。(苦笑)
ただ、日本の歪な労働環境に照らせば、「残業キャンセル界隈」が少数派であることは自明です。長らく「長時間残業が忠誠の証」「残業時間が評価に繋がる」「残業を拒否する人は悪者」という文化が支配的だったことを思えば、このスラングが生まれたこと自体、構造変化の兆しと言えるでしょう。
著者はこの現象を、怠け者が増えたからではなく、日本の労働法制・終身雇用崩壊・世代間格差・副業時代の到来といった複合的な変化の結果と捉えています。
本稿では、この「残業キャンセル界隈」を切り口に、日本の労働市場の転換について考えていきます。
■法律と現実――「残業」は本当に強制できるのか?
この問題を考えるうえでは、そもそも従来の「残業」の在り方自体に違法性、控え目にいっても違法疑いの可能性が長年放置されてきたという現実に向き合う必要があります。
厳密にいえば、労働基準法では「残業」という用語は登場しません。労働基準法第32条では「1日8時間、週40時間を超える労働」を原則として禁止しており、これを超えた時間外労働が労働基準法の規制対象となります。
具体的な規制内容は業種等により多岐に渡りますが、労働基準法第36条では「月45時間・年360時間」が原則としての上限で、事前に36協定の届出と就業規則への定めを要件として定めています。
また、上記要件を満たした場合でも、会社は「業務上必要な場合」に限り、一定の条件下で残業を命じることができます。たとえば労働基準法第66条では妊産婦の時間外労働を禁止しており、こうした条件を満たさない場合は残業を命じることすらできません。
即ち、日本の法律上は、会社は様々な要件を満たす場合に限り、本来は限定的に残業を命令できるに過ぎないというわけです。
しかし現実には、不要不急の業務に対しても日常的に残業命令が出されたり、終わるはずのない業務量を渡されて自主的に残業せざるを得ない状況に追い込まれたりするなど、法律を無視した慣行が長年まかり通ってきました。これらはサービス残業や過労死問題を生んだ大きな要因でもあります。
それでも多くの労働者が会社の命令に従っていたのは、「残業をこなすこと=出世や昇給への近道」という暗黙の見返りが存在したからです。
■世代間ギャップと管理職世代のジレンマ
しかし、その「暗黙の見返り」はもはや機能していません。終身雇用や年功序列が崩れ、残業をしても将来の安定や昇給には直結しないからです。
若手社員にとって、残業を断っても「出世競争から脱落する」という恐怖は薄れました。むしろ副業やスキルアップに時間を回すほうが合理的だと判断される時代になっています。
一方、管理職世代には別の苦悩があります。部下に無理な残業を課せばパワハラと批判され、働き方改革で残業削減も求められる。それでいて部やラインに課された全体の業務量は減らないため、管理職となった自分が残業して帳尻を合わせざるを得ないのです。
若手の頃には自分も残業に明け暮れ、ようやく昇進したら部下の残業を減らすために今度は自分が背負い込む。出世しても楽にならず、むしろ責任ばかりが増える。こうした構図こそが管理職世代のジレンマであり、「なぜ出世を目指す必要があるのか」という根本的な問いを生み出しています。
見方によっては、若手は定時退社や副業という逃げ道を持つ一方で、管理職は最も報われない立場に置かれているともいえるでしょう。この不公平感が、若手が出世を志さなくなる負のスパイラルを加速させています。
■副業時代と「静かな退職」――合理的な選択としての残業回避
こうした背景のもと、残業をしない選択は怠慢ではなく合理性のある戦略になっています。ネット社会の発達により、一般人でも動画配信、スキルシェア、フリーランス業務などを通じて副業で稼ぐ手段を持つことが容易になりました。時給換算すれば、残業代より効率が良いケースも、いくらでもあるでしょう。
さらに「静かな退職(Quiet Quitting)」の流れも影響しています。これは必要以上に会社へ尽くさず、自分の生活やキャリアに資する部分に労力を振り向ける姿勢を指す言葉で、日本でも急速に浸透しつつあります。
--------------------------------------------------
<参考記事>
「静かな退職」がブームに。なぜ「やる気を出すメリット」が失われたのか!?
https://www.real-media.jp/article/781
--------------------------------------------------
要するに、残業キャンセルは「怠け」ではなく、「報われない残業文化」から距離を取り、自分の人生を守る合理的な選択肢へと変化しているのです。
いかがでしょうか。
「残業キャンセル界隈」というスラングは、単なる流行語ではなく、日本の労働文化の転換を象徴する言葉です。
Real Media メールマガジン登録完了
不定期(月1回程度)にてお役立ち情報のお知らせを
メルマガにてお送りさせていただきます
未来に向けての資産運用にご活用くださいませ。