資産運用
近年、不動産業界で「ある迷惑な指値が流行している」との声を耳にします。
不動産業者や投資家・経営者の中には実際に被害を受けた人も少なくなく、著者が確認できた範囲でも複数の関係者から同様の話を聞いています。さらに、それを指南するセミナーやマニュアルが出回っているとの噂もあり、今後被害の拡大が懸念されています。
その迷惑な指値の手法とは、不動産購入の申込を入れて売却活動を止めさせ、契約書の署名捺印直前で「やっぱりもう少し値下げしてほしい」と切り出すやり方です。
売主にとっては他の購入希望者を断った後の土壇場であり、既に売却に向けて意識が進んでいる状態のため正攻法で指値するよりも通りやすいだろう、といった安易な考えが根底にあるようで、このやり口が“裏技”として流布されているというのです。
しかし、断言しますが、ほとんどのケースにおいてこのやり口は“悪手”です。モラルの話を別としても、得られるリターンに対して失うものが大きすぎるため、間違ってもお勧めできる方法ではありません。
この話を聞いて、著者は住宅ローンを悪用した融資詐欺事案を思い出しました。あの頃も幾度となく注意喚起をしてきたわけですが、それを実行した方の末路は皆さんもご承知のとおりです。
本稿では、このような迷惑行為の及ぼす影響、特に買主自身に跳ね返ることになる重大な不利益について、注意喚起の意味を込めてご説明していきます。
本来、価格交渉は購入申込の前に行うのが常識です。価格に納得できなければ申込を控え、条件を調整したうえで双方が合意すれば契約に進む――これが不動産取引の基本的な流れです。
ところが問題となっているのは、この順序を逆手に取るやり口です。申込を行い、売主に「もう売れる」と思わせて他の検討者を断らせ、契約書の準備まで整った段階で「やっぱり値下げしてほしい」と切り出す。売主は心の準備も済んでいるため、「ここで破談になるくらいなら」と譲歩してしまう可能性がある。これが“裏技”として喧伝されている理由です。
さらに悪質なのは、融資特約を利用したパターンです。契約自体は結んでおきながら、「希望条件の融資が下りなかった」と主張して解除を迫り、その代わりに「この金額なら買える」と値下げを持ちかける。形式的には特約による解除ですが、実態は値引きを引き出すための口実に過ぎません。
こうした“悪質指値”は、売主・業者の双方に深刻な負担をもたらします。売主は他の購入希望者への販売機会を失いますし、仲介する不動産業者にとっても契約書作成や日程調整などに費やした労力が無駄になってしまいます。
不動産業者は百戦錬磨の経験者です。「気が変わった」「融資条件が合わなかった」といった口実で値下げを迫っても、安易な思惑はすぐに見抜かれます。多くの場合は「不誠実な買主」として強い不信感を抱かれ、売主との間でも情報共有がなされるはずです。事情を知った売主の心証が最悪であろうことは想像に難くなく、もし後から値下げ要求を引っ込めたとしても、取引そのものが流れてしまうケースも多いでしょう。
そもそも、市場の仕組みから考えても、適正価格から大幅な値下げが通ることはまずありません。たとえば相場5,000万円の物件を4,000万円に下げさせようとしても、真っ当な仲介業者であれば「その価格は相場を大きく下回る」と助言するでしょう。仮に売り急ぐ理由があったとしても、4,500万円などの中間価格で仲介業者自身が買い取りを提案したり、4,500万円なら購入しそうな既存顧客・知り合いの業者を紹介したりもできるでしょう。
結局、こうした悪質で極端な指値が通るのは、もともと割高に出ている物件か、不人気で売れ残っている物件に限られるわけです。
では、「大幅な指値は無理でも、小幅な指値なら有効では?」と思った方もいるかもしれません。
しかし、これも不動産売買の現場実務を考えれば無理があります。小幅な指値で購入するということは、その物件は元から好条件であることの裏返しです。昨今の市況では好条件の物件に多くの業者や投資家が一斉に群がるのが通常ですから、その物件には2番手・3番手の買主候補がいる可能性が高い。いわば1番手として優先交渉権を得ているに過ぎないわけです。
売主にとって、わざわざ悪質な指値をしてくる相手との取引に拘る理由はありません。売主の怒りや不信感を買えば、2番手・3番手に取引を奪われる可能性も十分考えられるでしょう。実際、不動産業界では2番手・3番手の候補にいったん断りを入れていても、1番手との破談をきっかけに再び取引が進むことは当たり前の光景です。
せっかく好条件だった案件の取引破談リスクは、小幅な指値のリターンでは到底釣り合わないでしょう。
「ダメ元で指値交渉するだけならタダ!」のように誤解する方もいますが、高額な不動産取引において不誠実な姿勢はご法度であることは、強調してお伝えしておきたいと思います。
こうしたやり方に手を出すのは、経験の浅い投資初心者が多いようです。セミナーやマニュアルを妄信し、「気が変わった」と装えば通じると考えるのかもしれません。
しかし、繰り返しになりますが、売買のプロである不動産業者はもちろん、ある程度取引経験のある売主には、こうした嘘は簡単に見抜かれます。結果として「信用できない人物」との烙印を押され、以後の取引から排除されるリスクは極めて高いのです。不動産業界は狭く、評判はあっという間に広がります。一度ついた悪評を覆すことは容易ではありません。
さらに、法的リスクも軽視できません。融資特約は実務上、条件を細かく規定していないことが多く、相場並みの融資が出ているにもかかわらず解除を主張することには正当性がないと判断される可能性があります。加えて、売主や不動産業者に実際の損害が生じた場合、手付金没収や損害賠償の請求を受け、最悪は裁判沙汰に発展する可能性すらあります。法的リスクを争う覚悟がないのであれば、こうした悪質指値には手を出すべきではありません。
なお、当然ながら著者の周囲でこうした悪質な指値をする専業大家やベテラン投資家は一人もいません。これは交渉術でも裏技でもなく、単なる“迷惑行為”であり、誰の利益にもならないことを理解しているからです。
短期的に得をしたように見えても、信用失墜・法的リスク・業界からの排除という大きな代償を払う羽目になるのは、ほかならぬ買主自身なのです。
いかがでしょうか。
不動産取引に慣れていない方から見れば、こうした契約直前あるいは融資特約を悪用した指値要求は、一見すれば買主に有利な“裏技”のように思えるかもしれません。
しかし、実務に照らせばこれが成功する可能性は極めて低いばかりか、取引自体が破談となる可能性も十分に考えられます。さらには売主や仲介する不動産業者に大きな迷惑をかけることで、信用失墜や法的リスクを背負うとすれば、買主自身にとってもリターンよりもリスクの方が大きいはずです。
もちろん価格交渉そのものには全く問題ありません。しかし交渉は正々堂々と行うべきであり、申込前や交渉段階で条件を詰めるのが筋であることは忘れないようにしましょう。
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