資産運用
大手銀行の普通預金金利は、日銀の利上げを受けて2026年2月に0.3%、8月にはさらに0.4%へと引き上げられる見込みです。数年前までの0.001%水準からすれば大きな変化ですが、消費者物価指数の上昇率は生鮮食品を除く総合で前年比1%台後半で推移しており、金利の上昇ペースは物価の上昇に追いついていないのが実情です。「お金を動かさずに置いておく」という選択そのものが、実質的な目減りにつながりかねない状況は、依然として続いています。
こうした環境の変化を、退職金という"人生で一度きりのまとまったお金"を受け取ったタイミングで実感する方は少なくありません。たとえば55歳で早期退職の対象となり、退職金として2,000万円を受け取った会社員の方を考えてみます。振込先として指定されるのは多くの場合、勤務先が提携する銀行の普通預金口座です。そのまま特に手を付けず、数年が経ってしまっているというケースは、私たちが日々の相談を受けるなかでも非常によく耳にします。忙しさや判断への迷いから「とりあえず今のまま」にしておくのは、ごく自然なことです。ただ、その"とりあえず"がいつの間にか数年単位になってしまうと、話は少し変わってきます。この記事では、まとまった資金を受け取った際にどう考え、どう置き場所を整理していけばよいのか、順を追って見ていきます。
退職金や相続金がまとまって入ってくると、金融機関や保険会社からの営業連絡が急に増えることがあります。「退職金専用の優遇金利プラン」「今だけの特別運用商品」といった案内は、受け取った直後の数週間に集中しやすいというのが実情です。判断材料が整わないうちに大きな金額を一つの商品に振り向けてしまうと、後になって「よく分からないまま契約していた」という後悔につながりやすくなります。まとまったお金を受け取った直後は、急いで動かさず、まず全体を把握する期間と割り切ることが大切です。
とはいえ、「何もしない」ことにもコストがあるという視点は持っておく必要があります。仮に物価上昇率が年2%で推移した場合、2,000万円の実質的な価値は10年でおよそ1,600万円台まで目減りする計算になります(2%の複利で目減りを試算した場合の目安であり、将来の物価動向を保証するものではありません)。普通預金に置いておくこと自体は「安全」に見えますが、それは元本が減らないという意味での安全であって、購買力が維持されるという意味での安全ではありません。ここを混同してしまうと、判断を誤りやすくなります。
つまり、退職金を受け取った直後にすべきことは「早く増やす」でも「そのまま寝かせる」でもなく、まず自分の資金を目的ごとに仕分けることです。急いで一つの商品に集中投資する必要はありませんが、何も考えずに普通預金へ据え置き続けることも、実質的には一つの選択をしていることに変わりはありません。次の章では、この仕分けの具体的な考え方を整理していきます。
まとまった資金の置き場所を考えるうえで実務的に使いやすいのが、「いつ使うお金か」を軸に資金を3つに分ける考え方です。目的が違えば、適した置き場所も自然と変わってきます。
まず確保すべきなのが、生活費の急な支出や、病気・失業といった不測の事態に備える資金です。目安としては、生活費のおおよそ6か月〜1年分程度とされることが多く、先ほどの2,000万円のケースであれば、生活費が月30万円の世帯で180万〜360万円程度がこの枠に該当します。この資金の役割は「増やす」ことではなく「いつでも取り出せる」ことにあるため、普通預金や、金利面でやや有利なネット銀行の預金など、換金性の高い場所に置いておくのが基本になります。
次に、5〜10年程度先に使う予定が具体的に見えている資金です。住宅のリフォーム費用、子どもの教育費、車の買い替えなどがこれにあたります。この資金は流動性資金ほど頻繁に動かす必要はありませんが、使う時期が決まっている以上、大きく値下がりするリスクは避けたいところです。個人向け国債や定期預金、あるいはNISA(少額の投資を非課税で行える制度)のなかでも値動きの穏やかな商品などが選択肢になります。ポイントは「増やす」より「減らさない」を優先することです。
最後が、当面使う予定のない、いわば"時間を味方につけられる"資金です。退職金2,000万円のうち、流動性資金と安定性資金を差し引いた残りの部分、たとえば800万〜1,000万円程度がこの枠に入ってくることが多くなります。この資金については、NISAの成長投資枠を使った投資信託や株式、あるいは後述する不動産投資など、一定の値動きを許容しながら長期的なリターンを狙う運用が検討対象になります。ここで大切なのは、この資金を「近いうちに使うかもしれないお金」と混同しないことです。用途が曖昧なまま収益性資金に組み入れてしまうと、いざ必要になったタイミングで価格が下がっている、という事態も起こり得ます。
収益性資金の運用先として、私たちのように不動産投資を扱う立場からよく相談を受けるのが、投資用ワンルームマンションです。退職金の一部、たとえば300万〜500万円程度を頭金として、残りを金融機関からの融資でまかない、家賃収入を得ながら長期的に保有するという形が一般的なイメージになります。
向いているのは、まず時間軸を長く取れる人です。不動産投資は株式や投資信託に比べて売買にかかる手間と時間が大きく、短期間での現金化には向きません。5年、10年、あるいはそれ以上の保有を前提に考えられる方であれば選択肢に入りやすくなります。また、家賃収入という形で毎月一定のキャッシュフローを得ることに意味を感じる方にも向いています。年金だけでは心もとないと感じている方が、公的年金を補う"もう一つの収入源"として位置づけるケースは少なくありません。加えて、55歳前後であればまだ会社員としての属性を活かした融資が組みやすい時期でもあり、この年齢層で検討が本格化する背景の一つになっています。管理会社に委託すれば入居者対応や修繕の手配を任せられるため、日々の運用に時間を割けない方でも続けやすい点も特徴です。
一方で向かないのは、数年以内にまとまった現金が必要になる可能性がある人です。不動産は流動性資金や安定性資金の代わりにはなりません。また、すでに住宅ローンなど大きな負債を抱えている場合、追加の融資が家計全体のバランスを崩す要因にもなり得るため、慎重な検討が必要です。利回りや将来の資産価値は物件や地域、経済状況によって変動するものであり、特定の数字を保証するものではないという前提も、あらためて押さえておきたいところです。不動産投資は、あくまで数ある収益性資金の置き場所の一つであり、万人に当てはまる正解ではありません。
退職金のようなまとまった資金は、受け取った瞬間に答えを出す必要はありません。まずは流動性・安定性・収益性という3つの軸で、手元にある資産と、これから見込まれる支出を書き出してみることをお勧めします。あわせて、住宅ローンなどの負債が残っている場合はその金額も並べてみると、家計全体の姿が立体的に見えてきます。
普通預金に置いたままにしておくことが「悪い」わけではありません。ただ、それが意識的な選択なのか、それとも単に手を付けていないだけなのかによって、10年後に見える景色は変わってきます。この機会に、ご自身の家計全体のバランスシートを一度棚卸ししてみてはいかがでしょうか。
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